『新樹の通信』から学ぶ、【真理】‥‥「24」

◎ 新樹自身の、守護霊とは? ③

  守護霊(※佐伯信光)の、身の上話し

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☆☆【私(※一風)から】

 いったい、守護霊とは、どういう組み合わせ、
 なのか?

 人間と、その守護霊との、
 関係と、その影響とは?

 知りたいことは、山ほど、
 あります。

 それらも、含めて、
 今回は、守護霊である佐伯信光の、
 言葉を、聴きたいと、思います。

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『新樹の通信』より

守護霊(※佐伯信光):

 新樹の守護霊と致しましても、 
 こんな未熟の者で、ございますから、 
 甚だ、力量が不足がちで‥‥、

 最愛のお子様を、ああいう事(※病死)に、
 致しまして、
 私と、致しましても、
 まことに、面目次第も、ないことで、
 ございまして‥‥。

地の文:

 この間、咽びかえる、涙のために、
 言葉が、しどろもどろに、なりましたが、
 やっと、気を取り直した、風で、

守護霊(※佐伯信光):

 しかし、これも、

 ◎ 定まった運命

 と、お思いになり、
 どうぞ、

 ◎ おあきらめ

 を、お願い致します。

 私としても、同様に、早く現世を去りました、
 もので、
 従って、さしたる修行を、積んだものでは、
 ございません。

 しかし、今後は、
 充分、新樹を助けて、
 活動を致しまして、
 ご研究の、お手伝いを致し、
 せめてもの、埋め合わせを、致したく、
 考えております。

浅野和三郎:

 それでは、早速、伺いますが、
 いったい、あなたは、どちらのお方で、
 また、いつの時代に、お生まれ、
 でしたか?

守護霊(※佐伯信光):

 私は、

 ◎ 名古屋の藩士

 で‥‥、身分は、大したものでも、
 ございません。

 生まれた年は、たしか

 ◎ 享保五年

 と、記憶しておりますが‥‥、
 
 いったい、こちらでは、
 年代などは、一向、用事のないもので、
 従って、それらの記憶は、だんだん薄らいで、
 参りますが、
 たしか、享保五年、であったと、存じます。

 そして、死没致しましたのが、

 ◎ 寛延元年

 私が、二十九歳の時、でございます。

浅野和三郎:

 あなたは、その間、
 ずっと、名古屋に、お住まいでしたか?

守護霊(※佐伯信光):

 いや、名古屋に、居住致しましたのは、
 二十三歳の時、までで、ございます。

 元来、私は、幼少の時から、
 少しばかり、文学を好みまして、
 最初は、文学で、身を立てんと、致しましたが、
 そのうち、だんだんと、音楽の趣味が、加わり、
 むしろ、そちらの方面で、身を立てようと、
 心得まして、
 
 それには、名古屋では、
 思う通りの、師にも、つけません、
 により、
 江戸へ上ってような、次第でございました。

浅野和三郎:
 
 音楽は、どんな種類のものを、
 おやり、なされたか?

守護霊(※佐伯信光):

 笛、でございます。

 江戸へ、行ってからは、
 その道のすぐれた師につき、
 いろいろ、苦心を重ねましたが、

 お恥ずかしいことには、
 音楽者として、充分上達も、せぬうちに、
 空しく、早世してしまい、
 私としても、残念至極に、存じました。

 で、

 ◎ 新樹の守護霊を、命ぜられた

 時には、
 あの子を、音楽の方で、身を立てさせようか、 
 とも、一時は、考えたことも、ございますが、
 
 どうも、あの子は、私ほど、
 音楽が、好きでは、ございません、でした。

 また、時代も、時代でございます、から、
 とうとう、断念して、
 あまり、音楽を、勧めないことに、
 しました。

 それでも、私の感化で、
 多少は、音楽が、好きであったように、
 見受けました。

 つづく

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☆☆【私(※一風)から】

 この報告から、
 私たちは、暗に、守護霊からの感化を、
 受けている、ことが、
 わかります。

 守護霊からの、影響下に、
 私たちは、生きている、といっても、
 よいでしょう。

 さらに、
 守護霊(※佐伯信光)からの、報告は、
 続きますが、

 それは、次回に回します。

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読者の皆様へ:今回も、お読みいただき、ありがとうございました。