特別連載:04『続・蜘蛛の糸』~カンダタと蜘蛛の精ヤアの物語~

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【4・正夢だった「命の糸」】

 ここは再び極楽。蓮の池でございます。

 お釈迦様は、蜘蛛の精(ヤア)と問答をされるのでした。

お釈迦様:
「ヤアよ‥‥。夢の中での、お前とカンダタのやりとり。聴いておりましたよ。よくやりました」

蜘蛛の精(ヤア):
「お釈迦様。ありがとうございます。」

お釈迦様:
「それにしてもヤアよ‥‥。お前は、カンダタにお前の願いを言わなかったですね? それはなぜですか?」

ヤア:
「それは、カンダタさんが、私が言わなくても自分から「もう降りろなんていわない!」と言ってくれたからです」

お釈迦様:
「よろしい! ヤア、よくやりました! 願い事など、よそから言われてするものではないのです。願い事は自分から言えて、はじめて叶うものです」
「カンダタの心は、これで極楽の心となりました。ずいぶんと晴れやかに軽くなっています」
「前回のカンダタでは、あさましい地獄の心のままで、暗く重く、たとえそんなカンダタが、極楽まで這い上がろうとも、極楽はまぶしすぎて、それこそカンダタにとっては、地獄だったでしょう。極楽とは、極楽の心を持つものの住まいなのです。地獄とは、地獄の心を持つものたちの、ふさわしい居場所なのですから‥‥」

「ヤア! 今こそ行って、カンダタを救ってあげなさい。お前の出す「命の糸」で‥‥」

ヤア:
「はい。お釈迦様。行ってまいります!」

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 一方こちらは、血の池地獄。
 鬼の声と亡者の逃げ惑う悲鳴が、あちこちから聞こえてきます。

 夢から覚めたカンダタは、また現実に戻り、鬼から棍棒でたたかれ続けているのでした。
 ですが、カンダタはなぜか、それに抵抗することもなく、たたかれても逃げようとせず、ニコニコさえしています。

 これには、鬼も拍子抜け‥‥。

鬼:
「おい! どうした! 逃げないのかい! いつものようによ!」
「この棍棒が痛くないのかい! この亡者め!」

カンダタ:
「俺はいい夢を見させてもらった。もう逃げたり、もがいたりするのは止めだ! それよりお釈迦様のことを考えるのは、楽しいものだ。お釈迦様は本当にいらしたんだ! 俺はもう金輪際、泥棒なんて馬鹿なまねはするまい! ああ、俺は馬鹿だった! 正真正銘の馬鹿だった!」

 そんなことをカンダタは思っておりましたが、何とそこに、あの夢で聴いた通り、蜘蛛の糸が、降りてきたではありませんか!

カンダタ:
「ややっ! 蜘蛛の糸だ! 夢でヤアが言った通りだ! ありがとうヤア! これはヤアの出してくれた「命の糸」にちがいない!」
「よし、ヤアの言ったことを信じて、登ろう!」
「‥‥登れる! ぐんぐん登れるぞ!」

「おおい! みんな俺に付いてこい! この糸を登ってこい!」

 と、カンダタは他の亡者たちにも、大声で呼びかけました。

 カンダタの後を追って、一人二人と付いて行きます。それがやがて十人となり、最後には百人にもなろうとしていました。
 はたして「命の糸」は大丈夫なのでしょうか?

 しかしどうでしょう? 何とあの「命の糸」は切れないどころか、いつの間にか丈夫な「命の梯子」に変わっているではありませんか。
 カンダタのヤアを信じる心が、「命の糸」を「命の梯子」へと変えさせたのです。いや、それはお釈迦様からのお力も合わさったから、なのかもしれません‥‥。

 カンダタは、ヤアとお釈迦様にお礼を言いながら、登り続けました。

カンダタ:
「ヤア、お釈迦様、ありがとうございます、ありがとうございます」
「地獄を抜けたなら、もう二度と泥棒なんてまねはいたしません。きっと人の役に立つ仕事に、俺は精を出します!」
「おおい! みんな焦らずゆっくり登ってこい! これはヤアとお釈迦様からのありがたい「命の梯子」なんだぞ! お礼を言いながら登ってこい!」

 そうカンダタが、他の亡者たちに言うと、亡者たちは口々に、

「ありがとうございます、ヤア様、お釈迦様。南無ヤア様、南無釈迦如来!‥‥ 南無釈迦如来!‥‥」

 と一生懸命唱えながら、「命の糸」から変わった強い「命の梯子」をカンダタの後に続くのでした。

 (つづく)