『神様』から学ぶ、真理と人生哲学「02」
【神様より】
◎ やるから、できる、のではなく
できる(できた)から、やる、のである
※ お前は、できる。
それを阻むものは、勇気不足のみ。
天の声を、聴くべし。
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【私(※一風)からの、解説】
これは、非常に、説明が、
困難な、ことです。
しかし、敢えて、やってみます。
お釈迦様は、悟りを得られて、
(※【この世】の有り様が、わかり)
喜んで、真の修行(?)に、入られました。
もはや、そこには、何の「苦」も、ありません。
それまでの、修行(?)は、
真の修行には、当たらなかった、ことに、
気づかれ、たのです。
◎◎ できたから、やれたのです
私(※一風)も、似たようなことを、
経験しました。
突然、神様を、拝顔した、おかげで、
その後、やることの、意味が、見えて来、
◎◎ 苦行は、消えてしまった
のです。
何も、先が見えていないから、
ただただ、やることに、見通しが、見えず、
苦行に、なってしまって、いたのです。
そこで、一つの、疑問が、生まれるでしょう。
◎◎ それでは、
悟らなければ、何も、始まらないじゃ、ないか
と。
そうなのです。
そこが、大きな、矛盾であり、疑問なのです。
私(※一風)の、一つの、回答として、
◎◎ 天の声を、聴く
ということを、ご提供、いたします。
私たちは、大前提として、
気力・意志力、でもって、
生きて行かなくては、なりません。
これは、一種の、
◎◎ 自力
と、言えましょう。
ですが、天の声に、耳を、澄ますと、
私たちは、決して、自力のみで、生きている、
のでは、なく、
肉眼では、見えない、幾重にも織りなしている、
◎◎ 神々に、守られて、生きている
ことに、気づきます。
これは、
◎◎ 他力の、自覚
であります。
◎◎ 他力の、自覚を、得て、
自力が、できる、有り難みを、知る
のでは、ないでしょうか?
◎◎ 気づきが、先ずあって、
(何事も)始まる
とも、言えるでしょう。
言葉、文章では、この辺が、
限界で、あります。
皆様にも、おわかりいただければ、
幸いに、存じます。
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読者の皆様へ:今回も、お読みいただき、ありがとうございました。