特別連載:03『続・蜘蛛の糸』~カンダタと蜘蛛の精ヤアの物語~

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【3・カンダタの夢に現れた、蜘蛛の精(ヤア)】

 一方ここは、血の池地獄でございます。
 
 相変わらずずっとカンダタは、血の池で浮きつ沈みつもがいていたのでした。

カンダタ:
「くそう! もがけばもがくほど、苦しくなるわい。いっそのこと、もがくのを止めてしまおう!」

 するとカンダタは、一瞬ではありますが、池の中の流れに身を任せ、楽になれたのです。

「これは、案外いいわい。もがくだけ無駄だ!‥‥。まずまず、いい心地だ‥‥」
「‥‥。うー? うつらうつらしてきたぞ‥‥。こんなことはついぞ久しぶりだ‥‥」

 いつしか、カンダタは池の中で、まどろみ眠ってしまったのでした。

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蜘蛛の精(ヤア):
「カンダタさん! カンダタさん! 私が誰かわかりますか?」

カンダタ:
「うん? お前は誰だ? 人間か?」

ヤア:
「私は、生前、森の中であなたに命を救われました蜘蛛の精(ヤア)です。覚えておいででしょうか?」

カンダタ:
「ややっ‥‥、蜘蛛の精(ヤア)? 思い出したぞ! 泥棒をして捕り手から追われているとき、森であやうく蜘蛛を踏みそうになったが‥‥。俺は、その時なぜか、その蜘蛛が愛おしくなり、踏まずにそっと葉っぱの上に載せてあげたのだった‥‥」
「お前がその時の蜘蛛なのか?」

ヤア:
「そうです! 思い出していただけて、嬉しく思います。」
「私はその時の恩をあなたに返したく、さきほど極楽から「命の糸」を垂らして、あなたに登っていただいたのです」
「‥‥。ですが残念ながら、その糸が切れてしまい。あなたは元の血の池へと堕ちてしまわれました」

カンダタ:
「おお、そうだったのか! お前が俺を助けようとして、糸を出してくれた蜘蛛だったのか! ありがとうよ!」
「でもな、糸にすがる俺の下から、他の亡者たちが付いて登ってきたのだよ。それの重みからか、「おい降りろ、これは俺のものだ」と言った途端、切れてしまい、このざまだ‥‥。俺の後ろにくっついてきた、やつらのせいだ! やつらさえ、ついて来なかったら、今頃俺も、地獄を抜けられたのに‥‥。ちっくしょう!」

ヤア:
「カンダタさん。あなたが堕ちたのは、他の亡者たちのせいだとお考えなんですか?」

カンダタ:
「そうだとも。みんなやつらが悪いのさ! 俺だけなら助かったはずだ!」

ヤア:
「いいえ。そうではありません! 私の出した「命の糸」はそんな柔ではないのです。私の出す「命の糸」は、どんな鉄の鎖よりも強いのですから‥‥」

カンダタ:
「うそ言え! 切れたじゃないか! 「おい降りろ!」と叫んだ途端に‥‥」

ヤア:
「それです! その言葉がいけなかったのです。私の出す「命の糸」はたとえ百人ぶら下がろうが、切れません。だのにあなたは自分だけが助かろうとし、他の人たちの登るのを冷たい言葉で追い払おうとしました」
「いいですか? カンダタさん。冷たい言葉は鋭利な刃物なのですよ。だから私の「命の糸」も、切れてしまったのです‥‥」

カンダタ:
「そうだったのか。俺は自分だけが助かりたいばかりに、この細い糸では切れてしまうと思ってしまい、ついあんな無慈悲な言葉を吐いてしまったのだ。馬鹿だったよ俺は‥‥。せっかくお前が「命の糸」を出してくれていたのに‥‥」

ヤア:
「カンダタさん。私の言うことをわかっていただけて嬉しいです。やはりあなたは優しいお方です。生前、私を救っていただいたあなたです」

カンダタ:
「‥‥。」

ヤア:
「カンダタさん。もう一度あなたに「命の糸」をお出しします。それを登ってきてください。私はお釈迦様のお許しもいただいたんです」

カンダタ:
「な、なに? お釈迦様?」
「お釈迦様なんて、本当にいるのかい?」

ヤア:
「いますとも! 極楽からあなたをいつもご覧になられております」

カンダタ:
「そうか! お釈迦様はおられたのか! これまで泥棒などしていた俺は恥ずかしい。こんな俺でも、お釈迦様は見ていてくださるとは‥‥。なんとありがたいことだ!」

カンダタ:
「今度、蜘蛛の糸があったなら、もう「降りろ!」なんて言わないぜ! お前さんの「命の糸」とやらは、鉄の鎖より強いんだからな」

ヤア:
「そうですとも! 私の「命の糸」は強いのです! 私を信頼すればその「命の糸」は、鉄の鎖よりももっと強くなり、まるで「梯子」のようにもなるでしょう! カンダタさん!」

「私に優しくしてくれたカンダタさん。他の人たちにも優しくできますね?」

カンダタ:
「よっしゃ、任せとけ! ヤア!」

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 と、ここでカンダタは、一時の眠りから覚めたのでした。
 
 目が覚めれば、やはりここは、苦しい血の池地獄。
 また、あの恐ろしい鬼の声が頭上に聞こえてきたのでした。

鬼:
「馬鹿野郎! 亡者ども! 寝てるんじゃねえ! この棒でしばかれろ!」

 あのヤアとの問答は、あれは夢だったのでしょうか?
 それにしては、はっきりとしたいい夢でした。
 ヤアの言ったことや、お釈迦様という言葉を思い出すだけで、カンダタの身はホッと熱くなるのでした。

カンダタ:
「ああ、ヤア! そしてお釈迦様! ありがとうございます」

鬼:
「お釈迦様だと? 馬鹿を言うのもほどほどにしろ! ここは地獄だ! 神も仏もあるものか! あるのは、お前たち亡者と鬼だけだ!」

 カンダタは、いくら鬼にたたかれようが、ヤアや、お釈迦様のことを思うだけで、その傷みは忘れられるのでした。

 (つづく)